高校生に強い味方が続々あらわれる。現役合格者が多くなった背景には、やはりそれを支える、現役専門予備校・塾の存在があります。そうした予備校・塾の特徴には、次のようなものがあります。○超ハイレベルから、超基礎までのレベルの細分化○個別に近い少人数制○推薦入試など個別ニーズに応じた情報提供○通いやすさ○講師の柔軟性まず、現役生には、浪人生と比べて、受験勉強のみに費やせる時間がありません。部活動、定期テスト、文化祭といった学校行事などに費やす時間が多いのです。こうしたことから、「発展的な難問は自分でやる」、「基礎事項は、参考書などで補ってから、授業に参加する」といった、従来の予備校・塾のシステムでは、満足できない高校生が多いのです。そこで、これらの期待に応え、「超難関校専科」や「超基礎専科」といった新しいシステムをもつ、現役生むけの予備校・塾があらわれ、支持をえているのです。
なぜ大学附属校が、進学校と同じようなカリキュラムを実施するようになったのであろうか。答えはいたって単純明快だ。進学校になりたがっているのである。そのためその附属高校の進学指導では、成績のよい生徒には、推薦枠のある自分の大学を勧めないで、他大学を受験することを奨励している。つまり大学の附属校にもかかわらず、東大や早稲田や慶応を受けさせ、それらの大学の合格者をたくさん出すことを目標にしている。附属校がハイレベルの進学校であることを、内外に示したいのであろう。大学附属高校では、大学進学の権利を手に入れたまま、他大学を受験できる。すなわち、大学への切符を手に入れて一安心してから、そこよりも有名な大学すなわち就職に有利な大学に挑戦できるシステムになっている。さらにごていねいなことに、卒業して二年間までその権利が有効だといううわさも聞いた。すなわち、二浪まで認めてくれるわけで、こんな親切な大学附属なら、行ってみたい気を起こす親子が出てきても不思議ではない。このような附属校が増えてきたのは、なるべく早いうちから優秀な生徒を集めたいと思うからであろう。これでは、何のための大学附属なのかわからないだけでなく、スクールカラーなども無色透明となり、附属校のアイデンティティ(存在価値)は無くなってしまうと思われる。何となく釈然としない気持ちだ。
ギリシャの哲学者プラトンが、学生に対して「自分の講義を寝そべりながら聞いてもよい」といったという話を耳にしたことがあります。効果的な勉強プロセスのあり方を示唆するものとして興味深いですね。これを単純に解釈すれば、さすがプラトンは粋な計らいをするものだ、と感動したいところです。あるいは、勉強はマイペースで勝手気ままにしたほうがよいと思うかもしれません。しかし、プラトンはそんな気の利いたことはいっていません。その「こころ」ですが、じつはプラトンは黒板に文字を書かない癖があったからです。そしてもう一つ、もっと重要な理由がありました。それは「勉強ができる・できないは、あんたの勝手(責任)」と突き放す態度をとっていたからです。いいかえれば、仮に寝そべって勉強したとしても、結果を出せばよいのであり、マイペースで気ままに勉強するのもあんたの勝手……といっているに等しいのです。